ある国籍確認等請求事件を傍聴して

2018年8月3日オランダのマーストリヒト大学名誉教授、ジェラール・ルネ・デフォローの講演会「国籍法の国際的基準」で知り合った友人の紹介で、昨年の10月9日以来、東京地裁703号法廷における国籍確認等請求事件の裁判を6月27日に4回目の傍聴をした。

デフロート教授は、中央大学の山内惟介教授のご紹介で1984年の国籍法改正の頃に立命館大学でオランダ国籍法に関する講演していただき、立命館法学や戸籍時報に講演内容を翻訳して以来、親しくして頂いている国籍法の専門家である。1993年10月から翌年3月までハンブルクのマックス・プランク国際私法、外国私法研究所に留学した折に、オランダのご自宅に伺いし、お世話になったので、今回同行された奥様とも旧知の間柄であった。奥様シュナイダーさんは、民法の教授で現在法学部長の職にある。本来今回はデフロート夫妻を自宅にお招きしなければならなかったのであるが、日程の調整がつかず実現できなかった。その点は残念だったが、デフロート教授の下で博士論文を書いておられるUNHCRの日本支部に勤務されておられる金児麻衣さんや国籍の問題に取り組んでおられる関聡介、小田川彩音、仲晃生弁護士等にお会いする機会を持った。金児さん、関弁護士、小田川弁護士などが行っておられる「無国籍研究会」や仲弁護士が担当される国籍確認等請求事件を傍聴し、感想を話し合う会に出席することにした。私は、現在『逐条註解国籍法』(日本加除出版、2003年)の改訂作業をしている。これまで実際の事件や実務的研究会にあまり出席する機会を持たなかった。時間的な余裕がなかったこともあり、あくまで文献を基礎として理論的に考えるところを書いてきた。大学を定年退職し、時間的余裕もできたので、このような会に出席してみることにしたのである。

今回の裁判は、10時30分に始まったが、国側からの準備書面に対する反論を次回までに提出すること、本件は事実認定というよりは法理論の問題なので、必要な議論を十分尽くすこと、これまで提出した以外の人的証拠が必要であるならば、次回までに陳述書を提出すること、次回期日を10月10日11時30分からとすることを決めて15分くらいで閉廷した。

12時から弁護士会館502号室で報告、検討会が行われた。この会では、原告の多くが外国に居住し、法廷に直接参加することができないこともあり、スイス、ブラジル、カナダ、米国の原告等とスカイプで繋ぎ、それぞれの画像と音声が交信できるようにしている。まず弁護士から本日の法廷の様子を説明したうえで、それに関する質疑応答を交わし、会場からの意見も外国の原告等にも画面と音声で伝わるようにしている。とはいえ、複数の国の人たちと繋ぐので、実際には音声がよく聞こえなかったり、発言者の表情が画面から認識しにくいことが少なくない。それでもすごいことができるのだなあと現代のコンピュータ技術に感激する。

裁判所の訴訟指揮をみていると、国籍法11条1項が違憲であるかどうかの問題に争点を集中して、できる限り早く結論を出したいという意図が見え隠れしているように思われる。しかし、まず最初の段階において、裁判所が原告の置かれている状況や思いを正確に理解し、法律解釈で原告を救済する必要があると考えているかどうかが決定的に重要になるように思われる。原告は何れも日本人の父母の下でまれ、日本において教育を受け、日本人の代表としてその外国で立派に頑張ってくるよう励まされて送り出された人達である。外国で頑張って評価され、公務員等の職務に就き、または、外国で信用を得て十分な活動をするために、居住国の国籍を取得すると、当然に日本国籍を喪失するとするのは、あまりにも冷たい仕打ちではないか、自分自身のアイデンテイの感情からも納得することができないという原告の主張には、十分な根拠があるように思われる。しかし、裁判所はこの点を十分に理解しているのであろうか。まだ理解が不十分とみるのであれば、より多くの陳述書を提出するだけではなく、より多くの証人の証言を求める必要があるように思われる。

以下、法解釈の理論構成などに関する私の意見を述べておきたい。国籍法11条1項は、明治32年の旧国籍法20条の規定が平仮名、口語化されただけで昭和25年の国籍法8条となり、昭和59年の改正国籍法にもそのままの文言で引き継がれたものである。明治32年の国籍法においては。ひとたび臣民たれば永遠に臣民たりとする英国法の影響もあって国籍離脱の規定が存在していなかったのである。それにもかかわらず、自己の志望により外国籍を取得した者については、「強イテ之ヲ日本人ト為シ置クモ毫モ日本ニ益ナキノミナラス国籍ノ積極的衝突ヲ生スル弊害アリ」(『民法修正案理由書』「国籍法案理由書」(東京博文館、1898年)66頁以下参照。)として日本国籍の喪失を定めているのである。日本国憲法は、日本国の基礎を「主権の存する日本国民の総意」に求めており(1条等参照)、国籍の在り方も明治憲法と異なる視点が必要であるにもかかわらず、その後の改正においても国籍法11条1項の弊害について十分審議されないまま、これが引き継がれている。国籍の本質については、法的地位説と法律関係説の対立があるけれども、わが国の多数説は国籍をその両側面を有するものであり、この点を深く議論することは余り実益がないと捉えているように思われる。しかし、法的地位説は、国民を服従の客体とのみ捉え、国家の利益の観点から決定すべきとする見解に結び付いてきた。民主主義の社会における国籍をより適切に捉えるには、法律関係説が妥当であり、その法律関係は社会契約に基づくものと考えるべきである。社会契約説というと啓蒙期のルソーの見解を思い出される人が多いであろう。しかし、西欧の社会においては、現代の社会に適合するようにその議論は展開されている。例えば、ハーヴァード大学においてはロールズ(John Rawls)の一連の著作が現在も大きな影響力を持っている。ロールズは、正義の本質的部分を公正と捉え、この公正を軸として啓蒙期の社会契約説を現代社会に適合するように再構成しようと試みている。国籍が国家の主権事項であるところから、ある国家がその国民か他の国の国籍を有するかどうかを正確に把握することは、その国との国際条約がない限りできないことになる。複数国籍であるかどうかは、当事者本人か他の外国の国籍も有することを認めるか、その外国にある領事館の職員がその外国の官報から帰化者の自国民の氏名を見つけ出す方法しかないのである。つまり、国家は、他の外国にその者がその国の国籍を持つかを問い合わせ、正確に複数国籍者を把握することはその外国との条約がない限りできないのである。国籍を社会契約に基づく法律関係とみると、偶然に見つかった複数国籍者にのみ国籍喪失届の提出を強要することは、自由で平等な人々の社会契約に反する不公正な行為というべきことになり、ひいては憲法14条の法の下の平等にも反することになるのではあるまいか。

また、一方では現代のグローバル化が進み、他方では国際的な労働市場の状況とも関連し外国人労働者の受け入れ政策そのものを見直さざるを得ない現状において、本件原告のように外国で頑張っている日本人について、居住地国の国籍を取得すれば、一律に日本国籍を喪失させるというのは、現代の日本の法政策としても妥当性を欠くように思われる。

韓国国籍法15条1項にもわが国国籍法11条1項と類似した規定があるけれども、この点を別として、複数国籍に関する韓国国籍法改正の動向をみておくことは有益であるように思われる。1997年法律第5431号による韓国国籍法の全面改正により、父母両系主義が採られるとともに国籍選択制度が導入され、二重国籍者は法の定める期間内に一つの国籍を選択しなければならないものとされ、その期間内に選択しない場合には韓国籍を選択すべき期間が経過したときに喪失するものとされていた(韓国国籍法12条2項参照)。外国籍を有する者で韓国籍を取得した者は6か月以内にその外国籍を放棄しなければならないものとし、この期間内に放棄しなかった場合には韓国国籍を失うとしていた(韓国国籍法10条1項、3項参照)。これは、重国籍の防止を徹底しようとしたものであった。しかし、これでは外国とりわけ米国で活躍する韓国人の子弟が韓国国籍を喪失することになって国家的損害を招くことになり、また、優秀な外国人材を誘致できないという議論が強くなり、2010年法律第10275号により国籍法を改正した。ニ重国籍者を複数国籍者という文言に改め、外国国籍放棄期間を1年に延長するとともに、法務長官に「外国国籍不行使誓約」をした複数国籍者について国籍選択義務や外国国籍法規義務を免除する例外を認めている(韓国国籍法12条1項ただし書、10条2項ただし書)。例えば、このような外国国籍不行使誓約を導入することにより、複数国籍の弊害は除去されるのではあるまいか。

 

 

 

ある国籍確認等請求事件を傍聴して” に対して1件のコメントがあります。

  1. 田代純子 より:

    木棚様
    こちらは国際結婚を考える会(AMF)の田代純子と申します。
    当会は、主に外国人を配偶者に持つ日本人が大多数の会です。
    この訴訟の第2回公判後の報告集会で、木棚様が山田鐐一氏のお名前を出されたときは大変懐かしく嬉しく思いました。
    当会の名古屋会員たちは山田氏に大変お世話になっております。また1985年の国籍法改正後には大阪にいらした折りに会員たちと親しく話をされ、国籍法についてご説明くださいました。国籍法以外でも氏変更など、会員たちが困る度に解決を図ってくださいました。山田先生には感謝の気持ちでいっぱいの思いでおります。

    さて、6月27日の報告集会で、木棚様のご発言がひときわ私の心に残りました。会員たちにもぜひ伝えたいと思ったのですが、やはり直接お聞きしなくてはと思いつつ、インターネットを検索しましたら、ブログを書かれていることがわかりました。

    (これは全く個人的な話になりますが、、、、。27日付「私の近況」で内田百閒とルイ・アラゴンの事を書かれていたので、あまりの偶然にびっくりいたしました。私が今読んでいる本が内田百閒です。私はフランス語の翻訳をしておりますが、フランス語に触れた最初の頃からのアラゴンの詩に深い感銘を受けておりました)

    7月1日付「ある国籍確認等請求事件を傍聴して」は、27日に発言されたことに更に事例を加えてかかれておりますが、法律の説明だけでなく、時代的背景や個人としての事情なども加味されて、私たち当事者には素晴らしいお話です。

    ぜひ、私たちの会員と、フェイスブックのAMF公式ページ(国際結婚を考える会 Association for Multi-Cultural Families)の読者に木棚様のブログを紹介させていただきたいと存じますがいかがでしょうか?

  2. 木棚照一 より:

    私のブログにコメントをお寄せいただきありがとうございました。国際結婚を考える会の公式ページにブログを紹介していただけるとのこと、ありがたく存じます。国籍は国家の3つの構成要素(領土、国民、統治制度)のうちの重要な要素を決定するものであります。国籍の在り方は、その国家の在り方と深く関係しているように思います。したがって、国民の多くが国籍法に関心を持ち、その在り方を議論できるようにすることが必要です。国籍の意義や本質が明治時代と現在でどのように変化しているかを含めて考えてゆかなければなりません。国籍法11条1項が憲法14条等に違反しないかどうかもそれとの関係でより深く考えてゆかなければならない問題と考えています。

    1. 田代純子 より:

      木棚様
      国際結婚を考える会(AMF)の田代純子です。
      お返事をありがとうございました。
      お礼が遅くなりまして申し訳ございません。

      すでに、木棚様のブログは、当会の電子会報「AMFデジタル2号」で紹介し、会員たちと共有いたしましたが、これからフェイスブックのAMF公式ページでも報告するつもりです。
      ご許可をくださいまして、誠にありがとうございます。
      これからも、当会をどうぞよろしくお願いいたします。

  3. 田代純子 より:

    木棚様

    再び国際結婚を考える会(AMF)の田代純子です。
    当会のフェイスブックAMF公式ページにて、木棚様のブログをご紹介いたしましたので、ご報告いたします。
    私たちは法律専門の方たちとは違って、国籍法に無知でありながらも、直に影響を受ける者の立場ですので、この立場からの発信をさせていただきました。下のサイトからご覧いただけます。
    ありがとうございました。
    これからもどうぞよろしくお願いいたします。

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