感謝のお言葉

突然のメールのご無礼をお許しください。
私は、京都在住で65歳まで小学校の教員をしていたものでございます。先生のホームページを偶然発見しまして、長年先生に感謝しなくてはいけないと思っていたことがやっと伝えられます。1970年代に立命館大学で勤労学生として先生のゼミにも参加させていただいたのですが、そのころの私は学習というものに対して本当に真剣になれず実はゼミの成績も芳しくないだろうと思い退学しようと思って学生課に申し出たのですが、先生のゼミの成績が及第点だったのです。驚くと同時に「自分は何をしていたのだろうと」情けなくなり退学することもなく卒業できました。その後は教員採用試験を受け教員になることができました。もしあの時退学したら今の人生がなかったように思っています。先生のよれよれの背広姿、風呂敷に包まれた教科書。何もかもが今となっては私の教員としての目標となりました。まったく記憶にもない教え子ですが、私は一言先生に感謝の言葉を伝えたかったことができて感謝しています。今年69歳になりますが、あの頃よりは多分沢山のことを学習し先生に少しは真面目な話ができるのではと思っています。今も学校関係の仕事をやらせていただいています。
本当にありがとうございました。やっと、ほっとしました。

光野博明様
メールありがとうございました。1970年代はわたくしの20代の後半から30代の前半でした。二部法学部では、国際私法の講義やゼミがなく、必ずしも専門とはいえない民法のゼミを担当していました。むろん学生諸君の若い重要な時期における教育を担当しているという自覚はありましたので、私なりに工夫して担当しておりました。必ずしも私のゼミが第一志望でない学生も多く、二部の諸君が大学で学ぶのも大変だということは理解しておりました。それで、出席や日常のゼミへの積極的参加等についても、見込みのありそうな学生については、少し甘めで成績を付け、他の科目で頑張ってくれればそれでも良いと考えていました。その程度の裁量権は与えられていると考えていました。教育の効果は短い期間で分かるものではありませんので、それでよかったのか分からない部分もありました。光野さんのメールでそれでよかったという例を知ることができました。私自身は、その後の努力の甲斐もあったのか、二部でも国際私法という科目が講義やゼミでも設けられ、それらの科目も担当いたしました。旧司法試験の国際私法の試験委員を務め、55歳の時早稲田大学法学部の教授に赴任しました。若い時代に大志を抱いて赴任した立命館大学法学部は、私の大学教員としての出発点であり、その後の教育、研究の方向性を決定する重要な時期でありました。その時代の学生であった方々から今でも時々連絡を頂くこともあります。
ご連絡ありがとうございます。今後も元気で、希望や夢を持って頑張ってくれることを期待いたします。

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